2007年06月02日(土)

遺族の自殺におけるトラウマ [自死遺族]

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          清里町の神の子池 神秘的な場所です。記事とは全く関係ありません。
          私の大好きな場所のひとつなのです。


  代表の阿部です。
  北海道の東 中標津町は桜が散り、他の草花や木々が
  一斉に芽吹き始めています。
  皆さまいかがお過ごしでしょうか。
  
  さてお待たしていた新しい記事 今回は
  遺族の自殺によって遺された者に
  心的外傷後ストレス障害(PTSD)を
  発症する事と
  トラウマについて取り扱いたいと思います。
  先日も国民に影響の多い政治家の方の立て続けの自殺も
  ありましたね。

 我が国日本が自殺大国であるのは
 皆さまもご存知でらっしゃることと思います。
 世界では第10位になっています。

 1998年以来 毎年自殺で亡くなる方は3万人以上であるのが
 今の日本の現状です。

 ここで警視庁から発表されている1998年〜2005年までの
 自殺既遂者のデータを見てみましょう。


   1998年    32,863人
   1999年    33,048人
   2000年    31,957人
   2001年    31,042人
   2002年    32,143人
   2003年    34,427人
   2004年    32,325人
   2005年    32,552人

   合計    260,357人

   (警視庁生活安全局地域課 発表資料より)


  以前道東のデータで紹介させて頂きましたが
  今回は日本全体で見ていきましょう。
  1件の自殺が起こると最低6人 心理的ケアの必要な
  人間がいると高橋祥友先生は言われています。
  これから試算すると

  260,357×6人=1,562,142人

  約156万人という数字が出されます。
  この数字は
  「自殺によって遺され ケアの必要と考えられる人の数」です・・・。

  とてつもない数字ですよね。

  

 
 親族の中に自殺が起こると
 遺された者に精神的な影響があると考えるのは
 自然なことだと思います。
 親族に限らずとも、近しい人が自殺で亡くなれば
 精神的にダメージを受けることも当然起こります。

 さて今回はこのダメージや精神的な影響の中でも
 心的外傷後ストレス障害(PTSD)や
 トラウマについて考えていきます。

 その他の精神的な影響は以前の記事を 
 見て頂ければよろしいかと思います。

 人を亡くすということはそれが自然な死であっても
 とても大きな出来事であります。
 喪失体験 対象喪失です。

 それが自殺となれば
 自ら死を選択したのですから
 遺された者にとってその死を受け入れることは
 非常に困難をきたします。

 同時にその死は偏見や誤解なども蔓延していますので
 尚、語られにくいという側面を持っています。

 そういった意味で遺された者が孤立化する傾向を
 併せ持っているのも自殺の特徴でもあります。

 その孤立の中にあの時自分が何か出来たのではないか
 または何かしたからこうなったのではないか等の
 自責の念は非常に深く、重く遺族の心を覆います。

 同時にPTSDやトラウマとなっていくことの
 具体的なことの一つに
 「遺体」があります。

 自殺で亡くなった者の遺体には
 大きなメッセージ性が伴っているとも考えられます。

 どういうことかと言いますと・・・

 自殺の遺体は「手段の跡を伴っています

 自殺手段のデータを見ると

 1位   首吊り
 2位   飛び降り
 3位   ガス

 となっています。

 首吊りの場合は、生々しい紐の後が
 くっきり首に残ることがほとんどです。
 血の塊、うっ血状態がそのまま紐の跡となって残ります。
 また 少し開いたままの口や目という現状もあります。
 涙や様々な分泌物の後も残っていることも多いのです。
 死後硬直をした後に発見された場合は
 遺体として布団に寝かされていても遺体の形は 
 ぶら下がっている状態のままであることも
 珍しくありません。
 ただでなくとも自殺は強烈に悲しい出来事
 ショッキングな出来事であるというのに
 最後の目にする必要のある遺体が
 そのような状況です。
 脳裏に焼きつかない方が不思議です。
 
 では飛び降り
 高い所から飛び降り死に至ったわけです。
 遺体の損傷もあるのが当然です。
 たとえ何かの拍子で顔が無傷の場合であっても
 飛び降りて亡くなったというメッセージは
 強く遺族の心を占拠するはずです。

 ガス関連の自殺は
 皮膚の色の変化がある場合も多いです。
 亡くなっただけで顔色に変化がある上
 毒物などの影響ですから・・・。
 

 これらを考えてみても
 自殺の遺体を見ることの精神的苦痛は
 想像するのにそれほど難しいことではないと思います。

 またこれに輪をかけてPTSDや大きなトラウマとなるのは
 「遺体の発見者」です。

 偶然に発見した立場の方も
 そのインパクトは非常に大きく
 トラウマ的出来事の一つとなります。

 その上発見者が親族であるケースも非常に多く
 この場合 更に深刻な精神的影響を受けることになります。
 
 眠れない
 漠然と不安である
 怯える
 ドキドキする
 緊張する
 発見場所に似た状況が怖い
 悪夢をみる
 
 など様々なことで表出されることが多いのです。

 遺体が目に焼きついていること
 遺体を発見してしまったこと
 警察や病院で遺体確認を行ったこと

 自殺において上記の経験は
 心的外傷後ストレス障害(PTSD)
 トラウマ
 となることは
 極めて自然なことと言えると思います。

 本人が弱いのでもありません。
 正常な精神を持っているからこそ
 このようなストレス下で
 ダメージを受けるのが自然なことなのです。

 自殺で近しい人を亡くした経験の有る方で
 PTSDを発症している方
 トラウマとなっている方(ほとんどだと思いますが)

 医学的な治療(薬物療法)
 精神的治療(心理療法など)
 仲間との出会い(孤独感からの解放)

 これらで「回復」は可能です、
 亡くなった方は戻ってきませんので
 そこの部分は辛いですが
 PTSDやトラウマを放置しておくと
 もっと深刻な症状となって現れたり
 次の自殺を引き起こすことにもなるのです。

 FCCNのこの場で自殺遺族関連の記事への
 アクセス数の多さは異常なほどの多さですが 
 全国の自殺既遂者の数のデータを見ると
 納得できる数です。

 もしこの記事を読まれた方の中で
 親族に自殺された経験をお持ちの方がいらっしゃたら
 御自分の精神状況を
 今一度見つめなおして見る機会となって頂ければ
 幸いです。

 そして私の回復があったように
 逃げずにその問題に向き合った時に
 感情の浄化と
 喪失の嘆きの作業が進み
 少しづつ生きていく気持や
 ものごとを客観的に見る力も
 出てくる可能性は高いです。

 FCCNでは身近な人に自殺によって亡くなられ
 遺された人のための自助グループを月に1回開催しております。
 また個別にカウンセリングなども行っており
 自殺遺族の専門的なケアを提供させて頂いております。

 もし、向き合う勇気と
 精神的な影響から今の生活に何かしらの影響が
 あることを感じられた場合
 ご連絡をお待ちしております。


 FCCN家族と子どもケアネットワーク
 クリニカルセンター
 本部電話 0153−72−0006
      (8:00〜20:00まで受付)

 自殺問題担当 阿部 ゆかり
 
 
 

Posted by abe at 13時57分   Comment ( 39 )

コメント

先週 大切な人の母親がなくなりました。
一ヶ月程まえから精神的にパニックに陥り
病院通いをしていました。
あわててかけつけたのですが 私は拒否されました。
近しい友人と親戚だけで過ごすとのことでした。
電話では 何が起こったのかは口にするこはなく
ただ自分や父親のせいではなくすべて病気が悪いから 
気丈に振る舞うこともせず
毎日泣いてる 落ち着いたら全て話すからと言っていました。
今は待つことしかできません。
私は何をしてあげたらいいのでしょう。
離れたところに住んでいるので ただそばにいてあげること
さえできないのが辛いところです。

SUSH 2007年10月29日 09時39分 [削除]

SUSHさんへ


コメント大切に読ませて頂きました。
大切な方のお母様が亡くなられたのですね。

大切な方の状況を考え
あわてて駆けつけたところ、拒否されてしまったのなら
どうしていいか分からなくなってしまいますね。

離れた所に住んでいて
傍にいてあげることさえ出来ないというのは
とても辛いですね。

今は待つことしか出来ないとお考えのこと
懸命で安全な選択だと感じます。

落ちついたら全て話すからと言って下さっているのでしたら
そこに信頼関係が構築されている証拠ですね。

このような死別は
時間を要することも多々あります。

パニックになったり
病院に行くという選択が出来たり
泣いてばかりいられるというのも
実は
非常に「健康的な喪失反応」です。


世の中では
気丈でいることの方が望まれることですけど。


御自分に何が出きるのでしょうかというご質問ですが
SUSHさんのされている「今は待つ」という選択が
一番最善の選択だと思います。

そして時が来て
話す機会が訪れた際には

傾聴に徹してあげることが傷ついている者にとって
何よりの力になることだと思います。

そして必要を感じられるなら
これらの死別を専門的に扱ってくれる機関や人材を
調べて
教えてあげること
専門家にかかることは必要で恥ずかしいことではないことも
伝えていくことも役に立つことの一つだと思います。


abe 2007年10月29日 17時39分 [削除]

おへんじありがとうございます。

そうですね。
気丈に振る舞わなくていいと周りの人から言われ
泣きまくってるとも言っていたので
そのへんは安心しています。

私はただ待つというのが よく飲み込めなくて
どうしたらいいのかわからなくて
思わず 毎日メールを送ってしまってました。
今ただの自分の自己満足のように思えてきて
後悔しています。

SUSH 2007年10月30日 10時00分 [削除]

SUSHさんへ


返信遅くなりました。
代表の阿部です。

風邪で青っぱな垂らして仕事してます(^^;)

さて
友人に対しどうしてよいのか分からず
メールを毎日送ってしまったことが
自己満足のような気がしてきていらっしゃるのですね。

待つというのは
ともすれば、放っておくような感じにも取れるので
なかなか難しい姿勢だと思います。
どうしてよいのか分からないというのは
このような事が起こった周りの者として
当然の反応だと思います。


自己満足なのかどうかは
私には判断することは出きないのが
正直な所ですが

私が母を自殺で亡くした時に
当時はメールなんてなかったですけど
すっとんで来てくれた方が数名いらっしゃったのですが
25年経った今でも、ずっと心の中に嬉しさや温かさとして
残っています。
感情鈍麻していて決して良い応対は出来ていなかったと思いますが
「私の事を気にかけてくれている」というのが分かった様な気がして
絶望的な孤独感が緩和されていたように思います。

母が亡くなったその時にメールがある時代だったとしたら
私なら毎日メールもらえるのは
とても必要な事かもしれないな・・とふと今回思いました。

では。また。ズルッ←鼻水(^^;)

abe 2007年11月03日 09時28分 [削除]

おはようございます。

SUSHさんと先生とのやり取りを読ませていただいて
私も過去の嬉しかったことを思い出しました。


私は離婚後の時ですが、
やはり当時はメールは無かったです。離れて住む友人が
ホントに短い手紙をくれました。
離婚のことには触れずに、「ちゃんとご飯食べてる?」と。
短い文面から私のことを気に掛けていてくれることが伝
わって、今でも感謝の気持ちが湧いてきます。

自分のことを気に掛けてくれている人がいるって分かることは、
苦しい時、または後で力になると私は実感で感じています。

りんご 2007年11月04日 10時57分 [削除]

私は「自死遺族」です。

今、この場で「こう言いたい」と思えた自分の成長を認め、この安全な場所に感謝したい気持ちです。

自分自身の経験のシェアでお聞き苦しい方もいるか?と思いますがここで自分の気持ちを吐き出す事がトラウマに対する自己治療につながる気がするので書かせて下さい!ご勘弁を!!

今から12年程前の話です。母は私がお腹に居る時かららしい「うつ病」との長い闘病生活の末、自ら首吊りという形でこの世を去りました。

当時私は「摂食障害」の真っ最中で栄養不足、疲労から「急性肝炎」との診断で内科に入院中の時でした。

その間母は自身の療養の為にと母の実家である地方に滞在していました。

私は入院中、私の居ない家で母が父と二人で生活している事を想像するよりよほど安心していましたが・・

母とは入院中もよくTELをしました。
今思うとお互いが自分の事より相手の事ばかり気遣って無理に元気に振舞っていた気がします。

そして9月4日(皮肉にも死ぬまで苦しむ?苦しんで死ぬ?)です

私の入院先のナースセンターに父からのTELがきました。父から連絡があるなんて・・??胸騒ぎがしました。

第一声「母さんが馬鹿まねをした」でした。

父がどういう人で、どんな言い方をする人かわかっていたので、すぐにこの言葉だけで状況は判断できました。

そう!父にとっては母の自殺は「馬鹿まね」なんです。

未だにその言葉、声のトーン、言い方は忘れられません。

一瞬にして血の気が引いたようにその場にヘタリ込みその後強制退院をし5時間かけて地方の病院に向かいました。その間の記憶はあまりありませんが。

病院に到着後、第一発見者である祖父から状況を聞きICUに行きました。
母は色々な機械、点滴につながれて血圧のデジタル表示も38/15とかそんな数値でした。
手を握っても片方は暖かく、もう片方は冷たく。

それでも私にはただ今はベットに寝ているだけとしか見えませんでした。

医師から脳のレントゲン写真を見せられもう限界なこと、そして間も無く   「ご臨終」   
ドラマで見るような家族が泣き崩れるような状況ではありません。ただ???

「枕経」をしても「葬儀」をしても「お骨」になっても「お墓」に入れても「四十九日、三回忌、十三回忌・・」が過ぎてもただ???

未だかつて「本当にもう二度と会えない」とは受け入れてないのかも知れません。

亡くなった大好きだた母の事を悪くは言いたくない!だから自分の本当の気持ちはもみ消してきた。

でもずーっと本当は「もう死なないって約束したのに!明日帰るって言ったのに!裏切った!私を捨てた!ずるい!寂しい!」って思い続けていたのかも知れません。

幸い私は現場を見ずに済みました。それでも未だ細い紐、高い位置の引っ掛ける金具が嫌いです。

つくし 2007年11月06日 11時10分 [削除]

代表の阿部です。
コメントありがとうございます。

りんごさん

ご自身の経験をシェアして下さってありがとうございます。
離婚の際のご友人の短い文章が
今だに心を暖めてくれているのですね。

りんごさんのおっしゃるように
後で力になるということは起りますね。



つくしさん

コメント
大切に読ませて頂きました。

ご自分が自死遺族であることをシェアできたのですね。
成長を感じるとのこと、本当にそう思います。

自死遺族の問題は私の大学院の修士論文のテーマでもありますが
この問題の多くは誤解や偏見から
無い事にされたり
語られ難いという特徴を持っています。

こうした状況の中で
遺族自身が自分の体験をシェアできるということは
とても大きな意味を持つと言われています。

お父様の台詞が頭から離れませんね。

亡くなった方の事を悪く言いたくないという気持は
多くの遺族の方の共通する思いでもあります。
そのように感じてしまうのは当然のことです。

同時に本当の自分の気持をもみ消してきていたことに
気付けたことは素晴らしい成長ですね。

そして本当は寂しかったこと
約束をやぶられて怒っていること
帰ると言っておいて裏切られて悲しかったこと
捨てられた気分であったことなど
本当の自分の気持が「今」意識出来たのですね。

心はとっても痛いですね。
本当の気持を認識するというのは
時に残酷です。
何が起きても「?????」でいられることが
どれだけ楽で生き易いか知れません。
「?????」で居られなくなるのは
本当に痛いと思います。

私は癒し続けている今でも、やはり母の自殺という死を
思う時、心が痛いです。

アメリカのオレゴン州のポートランドに
ダギーセンターという所があるのですが
昨年そこで研修を受けてきました、
そこの施設は家族を喪失した子どもの心のケアをする所なのですが
親を自殺で亡くした子どもの心のケアの学びをしてきたのですが
そこで私が学んだ事は
「家族を亡くした心の傷は乗り越えなくてよい」ということでした、私にとって目からウロコでした。
いつまでも傷を抱えているようで自分が嫌でしたから。

でも講師の先生は言っていました。
一生悲しいのは自然なことだと。
だから今回つくしさんのコメントを読ませて頂いて
涙が出る自分を自然だと受け止めることができます。

紐と高い位置のひっかけ金具、嫌いですね。
私はシャッターが下りてる物置が嫌いです。

abe 2007年11月06日 19時51分 [削除]

つくしさん、こんばんは、りんごです。

つくしさんの辛い体験を、この場にシェアしてくださって感謝しています。

聞き苦しいなんて、決してそんなこと思いません。

大切に(慎重に)読ませて頂きました。
その時のつくしさんの様子が浮かんで来て
本当にドキドキしながら読み進みました。

言葉がありませんでした。
呆然というか愕然というか、
私の体験の中にない事実に
ただただ、苦しく固まってしまった自分がいました。

勉強になるなんていう表現を使うのは
とても失礼だと思いながら
自分にない体験を聴かせて頂けて
ありがとう・・・とお伝えしたくて
今打っています。

「悲しみを乗り越えなくていい」という言葉に
ホッとします。

長い間、フタをされた悲しさを、叫びたいほどの
悲しさ、悔しさを今、こうして言葉にしている
つくしさんを尊敬します。




















りんご 2007年11月09日 01時57分 [削除]

先生!りんごさん!そして長文を読んで下さった皆様!ありがとうございます!

私個人の経験を読んでくれている人が何処かにいるんだ!と想像するだけで一人じゃない!と心強く思えます。

なおかつ、先生、りんごさんに共感して頂けた喜びは今までなかなか体験した事のないような感覚のようです。

今まで周りの人達にこのような話をさせてもらえた経験もあるのですが、自分自身どこかで「あんたにいくら言ってもあたしのこの気持ちなんて解るはずないわっ!」ってひねくれた、いこじになった気持ちが本音だったのかも。

でも親身に聞いてくれる人を悪く思いたくないから「あの人には解らなくて当然なんだから!仕方ない事!」って自分に言い聞かせて納得させていました。

そんな話をしてもいつも「もう過去の事」「済んだ話」「終わった話」「解決出来た事」なんてふりで「あたしはもう大丈夫!もう復活したのよ!」と自分にも言い聞かせて気丈に振舞っていました。

本当はあの時と気持ちは何も変わってないのに・・・

りんごさんから「慎重に・・様子が浮かんできて・・ドキドキしながら・・・苦しく固まって・・」とのコメントでご自身の体験にはない事なのに「本当に共感してあげたい」と自分の事のように感情移入して思って下さる人がいるんだ!とちょっとびっくりしました。そして温かくなりました。

わたしが心を閉ざしていて知らなかっただけで本当にいるんですね!

今回自身の経験を文章にして打ち込む作業の中で当時の背景一つ一つがリアルによみがえり、なんとも言葉で表現しがたい当時の自分の感情に山ほどご対面しました。

辛くもありますがシェアして良かったです!

そして「家族を亡くした心の傷は乗り越えなくていい」
って?・・そっそんなはず・・・・?

だって「もうあれから12年も経ってるのよ!いい加減にしなさい!」「自分ももう母になってる身なんだから!」「いい歳こいて未だ母ーさーんなんてやめなさい!」ってずーっと自分自身言い続けてきたのに・・・

そっそうだったの?・・じゃあ今まであたし・・何やってたのよ?って自分に腹が立つ。でもそうするしか知らなかったんだよね?

こんなに今まで虚勢を張って無理してきた自分が馬鹿馬鹿しくなって・・・・・あーーー長い間ーーーなんだか疲れたーーーー



つくし 2007年11月09日 12時30分 [削除]

代表の阿部です。
たちの悪い今回の風邪・・・私はまだ長引いていて調子がイマイチです。

さて
りんごさん、つくしさんのやり取りを読ませて頂きました。

お互いに刺激になっているのが分かります。
この場を活かして頂けているようで
とても嬉しく思います。


家族を亡くした心の傷は乗り越えなくてもよい・・
私も目からウロコでしたから
聴いても戸惑ってしまいますよね?

私もつくしさん同様
自分を責めていました。

もう25年も経っているのに
いい加減にしなきゃ
子どもも居るのに
大人なのに
いい年こいてお母さ〜んだなんて
などなど

でもセラピー受ければ受けるほど
本当の感情を目の当たりにします。
そのたび
寂しくて悲しくて辛いという気持がわんさかあることに
気付かされました。

インナーチャイルドの概念でもありますが
人は傷ついた時
その時のまま成長が止まってしまっている部分を持っているのはよく起ることだと言われています。
ない事にして押し込めたり
我慢したり
ごまかしたり
打ち消したりすればするほど
反対に残ってしまう傾向があると言われています。

確かに・・・・納得です。

それと
話していてもこの人には理解できるはずがないと感じてしまっていたことについてですが
それも自然な感情だと思います。
本当にそうですもの。

だからこそ
同じ経験をしている人が相手だった場合
何も言葉がなくても
傍にいて話を聴いていてくれるだけで
分かってくれている安心が感じられるのではないでしょうか。
それが同じ経験を持つ人たちの集まりの強さでもあると
思います。

ただやはり人間性は大きく影響しますから
中には
悲しみを比較されて私の方が悲しいとか
あの人の方が悲しいとか言われて傷つくケースも起りますし
思いやりからの言葉なのでしょうけど
私の場合
空の星になって、あなたのことを見守っているからと簡単に言われるのも嫌でした。
会ったのかよ!見たのかよ!って感じます。
きやすめは簡単にして欲しくありませんでした。
私の悲しみをごまかされた感じがして嫌です。

私は今でもやはり家族を自死で亡くした経験のある人以外で
この人なら分かってくれると感じることが出来たのは
西尾先生や斉藤先生などの臨床経験や知識がエベレスト級の人たちだけです。
どこかで分かるはずがないと思っています。
意固地でもなんでもなく事実だと思います。
仕方ないですよね。やはり
経験にはかないません。
そう考えたら、心理の専門家にとって自身の経験は財産であり宝物であることが分かって頂けると思います。

経験していないことは
努力によって疑似体験は出来。
全てを分かることは出来なくとも共感することは可能だと思っています。

たくさんの本を読むことも
たくさんの人の話を聴くことも
たくさんの学習をすることも
たくさんの映画を見ることも
たくさん悩むことも
全て役に立つと思います。





abe 2007年11月12日 09時35分 [削除]

はじめまして
新聞の記事で阿部さんを拝見してから
ずっとこのHPを覗きに来させて頂いているものです。
コメントする勇気が持てずにいたのですがdommageさんのコメントに誘発されましたので
緊張しながら初コメントとさせて頂きます。
私も20年前に家族を自殺で亡くしている身です。
今は眠れるようにはなっているけれど、
まだまだあの日の事を悔やむ気持ちと
昔の写真を見るたびに悲しさと悔しさとでぐちゃぐちゃになりそうになります。
20年経っているので周りの人たちには理解してもらえません。
まだ引きずっているの?とか、あなたが悲しんでいると○○も成仏できないとか言われます。
それからあまり人に話さなくなりました。
20年経っていてまだこんな気持ちで居る事はいけない事なのだと自分を責め
この気持ちを持つ自分を呪ってもいました。
阿部さんの記事を読んで「無理して乗り越えなくてもよいのだ」ということを知りました。
そして阿部さんの著書をアマゾンで購入させて頂き、怖々と読みました。
もう泣けて泣けて・・・・私の代弁がそこにありました。無理して乗り越える必要はない
乗り越えるのが強さというより
むしろその悲しみと共に生きるのが本当の強さ・・・
家族の自殺の問題は経験した人にしか分からないこの感情
悲しみを乗り越えるよりも悲しみと共に生きる。
そして癒しが必要なのですね。
私もいつか癒しのワークショップとやらに参加してみたいと思っています。
それまでこの場に時々来させて頂きます。
ではありがとうございました。

mei 2010年08月30日 21時14分 [削除]

また私もコメントさせて頂きます。
私のコメントが誤解を生んでしまった様な気がしました。
私もまだとても辛い一人です。
乗り越えなくてはいけないと言われ続けていたのに
どうやっても辛さが変わらない自分に乗り越えられないことを恥じていました。
ですので乗り越えなくてもよい。悲しいままでもいいと言ってもらって私は楽になったのです。
悲しいままでいろという意味ではありません。
悲しいままで居てもいいよと許してもらったと私は感じたのです。
ここが自殺問題のことにコメントする難しさだと思います。簡単にこうやって誤解を生んでしまう。やっぱりコメントしない方が良かったと感じています。阿部さんの本を読んだら「悲しみ」の向こう側にあるものが見えた気がしました。癒しが必要だということも。
阿部さん、私は悲しいままでいる自分が許されたと感じました。この理解でいいですか?

mei 2010年08月30日 23時27分 [削除]

dommageさん、meiさんへ


コメント大切に読ませて頂きました。
代表の阿部です

お互いのやり取りが刺激となって
シェアが進んでいますね。

誤解を生んでしまったような気がしているmeiさん

ご自身の気持ちであるとしっかり認識されていらっしゃるdommageさん


それぞれの思いはとても大切なものですよね。

そしてこうしてこの場に
ご自身の経験された身内の自殺の問題を
真正面からシェアして下さっていることに尊敬の念を感じます。

世間ではまだまだ語られにくい分野のことですからね


dommageさんのご経験のシェア
大切に読ませて頂きました。
何年経っても思い出すと辛さが感じられるのも当然の当時のシチュエーションですね。

私も著書に書かせて頂いていますが
遺体を見た衝撃と
シチュエーションは今でも鮮明に覚えています。

meiさん

著書を読んで下さっているのですね
ありがとうございます。
道新の全道版に掲載された私の記事をきっかけにして頂けたとの事とても嬉しいです。
勇気を持って実名と顔写真を載せて良かったと思っています。
この場にコメントを付けて下さったのも勇気が要ったことでしょう。。。


悲しみの向こう側にある何かが見えて頂けたとのこと

そして癒しが必要であることも
メッセージとして詰めた著書なので
それが届いて何よりも嬉しい気持ちです。

私自身の母の自殺のトラウマは
個人カウンセリングのみではなく
グループで行う癒しのワークショップ参加が
何よりも大きな意味をもたらしたと思っています。

とてもパワフルでヘロヘロになりましたし
当時は12万円とかしました。

でもケアし続けている今も思う事は
このワークショップへの参加が何よりも
私のトラウマからの後遺症を楽にしていると感じています。

自分を責める気持ちや
悲しみは0にはならないけれど
私は「かなり」楽になりました。

ワークショップへの参加や個人カウンセリングをする前には100%の苦しみだったのが
今は10%にも満たないかもしれないなと感じています。

私にとっては驚異のことです。


さて


FCCNで自死遺族としての心のケアで
カウンセリングやワークショップそして自助などに参加されていらっしゃる仲間たちが存在します。

このテーマ
許されるとか
自責の念とか
変わらない辛さ
そして自分はよくやってきたと思えるようになることなど

これらについて
経験からこの場でシェアして頂ける方はいらっしゃいますか?

もちろん私自身当事者ですので
コメントは出来ますが
せっかくなのでFCCNでケアを受けている人の中で
自死の問題の近くにいらっしゃる方からコメントがあったら
互いに刺激になるのではないかと感じました。

しばしお待ちしていますね。
もちろん強制でもありませんし
ハンドルネームで十分です。

abe 2010年08月31日 23時19分 [削除]

dommageさんへ


おはようございます
命日反応のことご存じなのですね。

今年はその気持ちから逃げずにたっぷり向き合われたとのこと
これだけの年数が経ちながら
その思いに向き合う勇気
相当のものと感じます。

たくさんの関連の本という案
いいですね〜。
この場はもの凄い数のアクセス数が毎日あるので
きっと同じ経験のどなたかにdommageさんの勇気と取り組みが情報として行き渡りますね
すごく嬉しいことです。

一人でも多くの仲間たちが
す〜っともつれた音がほどけて欲しいです。

私も偶然ですが8月が命日でした。
22日
ケアをしたので大きくて得体の知れない命日反応は起きませんが
それでも私にとって28年前を鮮明に振り返る日でもあります。

グループでもカウンセリングをされてらっしゃるのですね。
同じ経験の方がいらっしゃらなくて話せなかったのは当然と思います。

FCCNのHPは多い時1日に1800件のアクセスがあるのですが
平均的に1日700件位あります。
特に自殺遺族関係の記事やコメントにつくアクセス数の数はものすごく高いんです。
桁違いに。

付くコメントは他のトピックと比べると少ないというのも
自殺関係の特徴かなと感じています。


dommageさんはお姉さまを亡くされたとのこと
私にも姉がおりまして母が亡くなった後に姉が自殺を図った事があります。
見つけたのは私です。
もう私の感情はすでに学童期から結構麻痺していたようで
母の自殺でも泣けず、姉の未遂を見つけても泣けずに居たことが
懐かしい感じさえします。

今はカウンセリングやワークショップでナイアガラの滝のごとく何度も泣いていますし
たくさんの仲間を見つけシェアしあい
癒しの作業をし続けて13年経ちましたので
泣かなかった、泣けなかった自分
自殺後ケアしないまま生き続けてきた15年間の自分がとてもけなげで愛おしいです。

私ももつれていた糸がすぅっとほどけた気がしました。

では地方勤務なので今回はこの辺で

他の方のシェアもお待ちしています。

abe 2010年09月01日 07時43分 [削除]

dommageさん、meiさん、ゆかり先生のコメント読ませていただきました。

私も自死遺族です。
今は時間がないので、後程また書き込みに来ます!
ぜひシェアさせていただきたいと思います。

R 2010年09月01日 10時02分 [削除]

皆様こんにちは
私も自死遺族の一人です。
長い間私も誰にも話すことが出来ずにいました。
友人と食事の時に何気に言った時に場の雰囲気が急に悪くなってしまって気まずくなったりしたので
それからやっぱり言わない方がいいと思っていました。
命日反応もありました。
その時は分からなかったけどね。
ずっと自分を責めてきたし
私も後追いを何度も考えました。
天国に行ったら何故死んだのかその理由が聴けるかなと本気で思いました。
どうしても助けられなかったという思いに囚われていてずっと苦しかった。
でも勇気を持ってFCCNに繋がってから
自殺の事一杯話せました。
阿部先生の本を読んだ時、ものすごく反応した自分が居ますが
でも読み終わった時に何だか晴れやかな気持ちになったのを覚えています。
私にも未来があっていいんだと思えました。
同じ苦しみを持つ人だったらからこそ話せたと思います。
私にとって阿部先生は自死遺族の先輩です。
それだけで心強いです。
カウンセリングで散々泣いて笑って
今は自分を責める気持ちがずいぶん楽になっているのを認識できます。
自分の未来があることに罪悪感で一杯だったけど
今は自分の未来を大切にしても良いのだと思えるようになりました。
この変化はとても大きいと思います。
許されるという感覚
私の場合は自分自身で自分が許せなかったのです。
でも今はたくさん語って
たくさん泣いて
怒って
叫んで
だんだん自分を許せるようになりました。
また書きます。

sumiko 2010年09月01日 20時57分 [削除]

やっと書き込みに来れました!

当時の様子を詳細に書き記すことで、気分が悪くなられる方もいるのでは・・・と思いますが、勇気を持って書かせていただこうと思います。


私は、11年前に父親を首吊り自殺という形で亡くしました。当時私は26歳でした。
父が亡くなった時は、実家の近くのアパートに住んでいました。

私が子供の頃から、父は躁うつ病を患っていたようです。
父の症状が出ている時に、母が知人から躁うつ病のことを聞き、ほぼ間違いなくその病気であろうということはわかっていました。

ですが、症状が出ていない期間は、まったく普通の状態に戻ってしまうため、なかなか医療に繋がるという方向に行きませんでした。

父が亡くなる半年ほど前からまた躁状態が出ていて、その時は兄弟はもう独立して実家から出ていて、私と母はその状態の父が手に負えず、実家を出ました。

先に私が近くにアパートを借り、家を出て、次に母が遠くに住む兄弟のところへ行きました。
そしてその後2ヶ月ほど経ってから、父が亡くなりました。

その時、祖母や叔母が近くにいましたが、病院に運ばれた父の遺体を、
私は一人で引き取りに行きました。
病院まで車で30分の道程を自分で運転して向かいました。

病院では、警察の方が待っていて、遺体の身元確認をしました。
父の遺体はビニールシートの上に寝かされ、遺体の上にシートが掛けられていて、足だけが見えていました。その足を見てすぐに父だとわかりました。

シートをめくり、顔を確認して「間違いありません」と警察の方に伝えました。
父の遺体は、まだ首にロープが巻きついたままの状態で、髪は逆立ち、目は見開き、舌が出たまま死後硬直で固まっていました。
私は、泣くこともなく冷静に、ただ「蝋人形みたいだ」とか「兄弟に似ているな〜」とか、そんなことを考えていました。

11年経った今でも、その光景は目に焼きついています。父のことを思うと、私も今でもやっぱり悲しくて涙は出てきますし、自責や後悔が0になったわけではありません。

でも、FCCNに繋がって、安心して話せる場所と仲間にめぐり会えて、カウンセリングやグループワークで扱っていくうちに、自分を責める気持ちや、トラウマから来る反応がずいぶん楽になりました。

自分で思っている以上に、日常の細部にまでトラウマ反応が表れていましたが、カウンセリングでその事に気づき、セラピーで扱っていくうちに、以前と比べてその反応が減り、本当に生きることが楽になってきました。


私も、一人でも多くの仲間に、もつれた糸がす〜っとほどける日が来ることを願っています。

R 2010年09月02日 02時54分 [削除]

皆様!はじめまして?!・・でしょうか?
・・・なのに?アタシも同じく自死遺族として共感できる事でらけで・・初めての出会いなのに、なんだか凄く身近な関係に感じてしまいます。
そして嬉しく心強い思いになれます!

今日は私が自死遺族になったまさにその日です。
何年前かというと・・・・・
いまだ解りたくないので曖昧なんです。
だいたい、16?17年?程たったくらいかなー?
こう数字を書き込むと「そんなに以前の事」と自分で解ってしまい、いまだ昨日の事のように鮮明にこびりついている自分を責めちゃいそうで・・それがイヤで曖昧にしてます。

あたしは、母を自死で失いました。
そしてその思いは長い間、時間が止まったままでした。
ずーっと「何があったのかわかんないしー」と思うことでなんとか向き合わずに生きてこれました。

・・が、数年前より自身のケアを始めるようになった今でも、まだまだ向き合いう怖さもありありで(汗)
アタシにとっては、それほど強烈な出来事だった。

今でも「そんなはずはない」「うそかも?」なんて・・
死んだ事は頭ではわかっていても、認めてない。認めない!理解できない。理解したくない!なんです。
そうやって、長い間、誰にも話さず、硬く自分の心の奥深くに押し込んで・・・
そんな事実をただただなかった事にしようと努めて生きてきて・・
でも、やっぱ消せる訳もなく・・
そんな中でFCCNとの出会いがあり、自助等の仲間との出会いがあり、HP上での仲間との出会いがあり・・
びくびく、おどおどながら、今は傷ついた自分と向き合ったり出来るようになりました。
持て余すほどの悲しみがこみ上げてきて自分自身怖くなることもありますが・・
今日9月4日は私の母が突然首をつって自殺しました。
だから、私は今日、思いっきり悲しもう!と思っています。
みんな!何年たっても悲しいよね!
何年たっても、悲しくていいさ!いっぱいいっぱい泣こう!
同じ境遇の仲間達とはそんな気持ちを認めい支えあいながらこれからはやっていきたいなーって思っています!

                  つくし

つくし 2010年09月04日 16時38分 [削除]

つくしさんへ

今、札幌ですねお互いに(笑)
精神保健福祉センター主催の明日の自死遺族交流会では
よろしくお願いいたします。
北海道でもじわじわと活動されているところが増えつつあり
全道で4か所あるそうです。
明日はFCCN以外の3つの活動の方々と
情報交換できるといいですね。

ゆっくりだけど確実に自死遺族の問題の何かが
動き出しているかもしれませんね。

まだまだ
ちゃんとこの問題を理解して対応できる専門家がほとんどいないので
遺族がカウンセリングやセラピーを受けることで
楽になっていくという視点は根付いていません。

明日も分かち合いの会が主だと思います。

そういった意味でFCCNは
分かち合いも大事だけど
ケアも大事だと考える立場なので
少し視点が違うと思います。

東京で開かれる全国大会に何度参加しても
この温度差を埋められず歯がゆい思いをしています。

まぁそれぞれに考え方が違うのは当然ですけどね。


皆様の
この場でのシェアに尊敬を感じます。

では明日

abe 2010年09月11日 21時32分 [削除]

今回の自死遺族交流会に参加させていただいた一人です。
参加して感じたことをこの場でシェアさせていただこうと思います。

まず最初の講師の方のお話を聞いて・・・
同じ自死遺族でも、まだ知らない現実がありました。

私が驚いたのが、賠償金のお話。
ビルからの飛び降りや、電車のホームへの飛び込みなどで、遺族の方に高額な賠償金の請求が来てしまう。自分はそういう経験をしていないので、そんなことがあるなんて、考えたこともありませんでした。
家族を亡くして、ただでさえ辛く、混乱しているところへ、そんな厳しい現実が突きつけられるなんて・・・と胸に突き刺さる思いで聴いていました。


あとは、先のコメントで先生が書かれているように、
遺族の方が専門的なケア(カウンセリング・セラピー)を受けるという視点がほとんどないということを、やっぱり感じました。

その一つの原因として、対応出来る専門家が少ない、
その中でも、同じ経験を持つ専門家が少ないということがあるのではないかと思いました。

私自身の経験では、たとえ専門家といえど
同じ経験をしていない相手に自死のことを話すことは、とても勇気がいることでした。

私がFCCNで本格的にケアを受けるということを選択するにあたって、
ゆかり先生が自分と同じ自死遺族だということが、大きな決め手の一つでした。

そう考えると、その経験を持った専門家がもっと必要だと痛切に感じました。


最後にそれぞれの経験を語るミニ分かち合いの時間があり、私も語る時間を与えていただけたのですが、他の方のお話では泣けるのに、自分のことを話す時には、淡々と事実の羅列だけになってしまう自分を感じました。

まだ凍っている部分があることに改めて気づき、
これからも、もっとグリーフワークが必要なんだな〜と思いました。

R 2010年09月14日 12時51分 [削除]

「遺族」でなくても、大切な人の自死で残った傷は決して浅くはないです。
力のある専門家が増える必要がありますよね。

たんぽぽ 2010年09月14日 21時22分 [削除]

たんぽぽさんのコメントを読んで・・・

私の前回のコメントの書き方が「遺族」に限定される書き方になってしまっていると感じ、
反省しています。

今後表現の仕方には気をつけて書き込みたいと思います。
もし、不快に思われた方がいっらしゃいましたら、申し訳ありませんでした。


今回の交流会の後、もう一つ思ったことがありました。

それは、どういった形の「死」であろうと、大切な人を亡くしたことにかわりはなく、
比べられるものではないということ。
どんな形であれ、もう亡くなった人に一生会えないという現実はかわらないから・・・。
そう気づきました。

R 2010年09月15日 10時47分 [削除]

Rさん、大丈夫です。少なくとも私は不快には感じていません。安心して下さい。
ケアを選択する人が増えるためにも、私も力のある専門家になりたいと思っています。

たんぽぽ 2010年09月16日 08時08分 [削除]

たんぽぽさん、ありがとうございます。

専門家目指して頑張って下さい^^
応援しています。

R 2010年09月16日 10時48分 [削除]

以前ここに、自分の経験を書かせていただきました。

あの日から、もうすぐ12年が経とうとしています。

あの日私は一人で車を運転し、父の遺体との対面に向かいました。
その時のトラウマからきた影響で、
数年後に車の運転が出来なくなるという症状が現れました。
自分のケアを続けていくうちに、その症状が
あの日のトラウマからの影響であるということに気がつきました。

そこに気がついてから、運転が出来ないという症状が、
完全ではありませんがほとんど出てこなくなり、
今では自分で運転してある程度のところまで行けるようになっています。

行けるようにはなったけど、「一人じゃ不安で怖いな〜一人じゃ嫌だな〜
誰か一緒にいてくれたらいいのにな〜」といつも思うのです。

特にどこかへ行った帰り道、真っ暗になった道路を
一人運転して帰るのを考えるととても不安だし、
寂しくて嫌だなって思います。

もともと一人で行動することが得意ではないのでそう思うんだろうな〜
としか考えていなかったのですが、
昨日一人で出掛ける予定があり準備をしている時、
ふと「あっそうか、これはあの日に感じる感情だったんだ」と思いつきました。
とてもストンと腑におちた感じがしました。

あの日病院で遺体を確認し、その後家まで帰る道中のことは
すっぽり記憶から抜け落ちています。
帰りも一人で車を走らせ家に向かったことは確かだけど、
その道中自分が何を考えていたか、
何を感じていたかなどはまったく覚えていないのです。

行きも帰りも感情が麻痺していたので、
怖いとか嫌だとかいう感情がまったくありませんでした。

でも私は、本当は、
「一人でなんて嫌だよ!怖いよ〜!誰か一緒に行ってほしい!」
って言いたかったんだと思います。

自分のケアを続けてきて、
やっとそこに気がつくことが出来るようになったのだろうと思います。
あの日の自分のために、その感情をたくさん感じて
たくさん泣いてあげようと今は思います。

R 2011年04月10日 09時59分 [削除]

Rさん

コメント大切に読ませて頂きました。

大きな気付きが
ストンと胸に落ちたようですね

一人でなんて嫌ですよね!
怖いよ!
死体の確認なんて、娘一人にさせるな〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

記憶が残っていない・・・当然と思います。
頭まっしろいするしかないですよね。

私も自分のことだと{????}になるんですが
人のことだとその痛みや辛さがまるで自分のことのように
感じることができるんです
こういった意味でも麻痺には仲間は効果的ですよね。

感情を感じてたくさん泣いてあげようとするRさんを
尊敬します。
涙はとっても大切なものですもんね。

abe 2011年04月12日 22時32分 [削除]

はじめまして、中学2です。

今年の9月に父が亡くなりました。

姉がドアの前にロープが突っ張ってるからちょっと見て、と母に頼んだそうです。
元々から父の携帯で「苦しくない首吊りの仕方」とか検索履歴が残っていたんです。
母もまさかと思いながらもドアを開けたらしいのですが、父は椅子に座って首吊っていました。
すぐに母の叫び声がして私達も分かるけど分からなくてもう足が進むだけでした。
ロープは地面についているけど、
姉と私で何故か必死に首に巻いてるロープを取っていました。
もう一人の姉は階段で過呼吸になって母は必死に警察に読んでいました

今でもロープと首の感触が残っています

警察に思い出したくない状況を言わなくちゃいけなくて、いつもピンピンしている母でさえ嘔吐を繰り返していました

父方の祖母が友達からパトカーが家に入るところを見たと聞いて「もう何したの〜」と興味本意で言いながら入ってきました
すぐに息子と気づいた祖母は先程との態度をガラッとかえ震えながら私達に何故かと訪ねてきました。
元々仲がよくなく、それに話す気力がない私達はただぼーっとしていました。
実は私の祖母はキチクな野郎で
「なんで首吊りをしたのたの」とか
「やっぱり離婚がー」と大きい声で私達の目の前で周りに話してました

何日か経った頃、やっぱり皆表に出てきてよくもめあいました。

でも現在は全部ではないけど皆だいぶ実感もしてきて最初よりかは皆落ち着いてきました
お互いにフォローしあって今ではとても幸せです
父が亡くなってまだ何ヵ月ですが
いつかは会えるとそう考えて今は吹っ切るようにしています。

皆さんに言いたいことがあります

皆さんは決して一人じゃありませんよ!その気持ちは決してあなただけじゃありませんよ
ここにいる人たちはあなたと同じ経験をして昔よりかは乗り越えている方がたくさんいると思うんですよね
私がそうです
この気持ちは一生続くのかとビクビクしてたけど今は最初に比べると痛みはだいぶましになった
時間はかかると思うけど、今の状況よりだいぶ楽になる道は絶対にあるから
だから諦めないで頑張って!

kana 2013年12月09日 00時42分 [削除]

はじめまして
更新から大分経っていてお返事いただけるかわかりませんが、いまどうしたらいいのかわからなくてコメントさせていただきました。
わたしはいま19歳で彼氏も19です。
彼氏のお母さんがうつで、先日首をつって亡くなりました
彼氏が見つけたそうで、わたしははなししか聞いていません
彼氏へのサポートの仕方や、正直私も音に敏感になったり1人が怖いです
どうしたらよいでしょうか

まの 2015年04月03日 23時02分 [削除]

まのさんへ
メール拝見させて頂きました。代表の阿部ゆかりです。
父が亡くなって明日お通夜のため手短かな返信であることお許し頂けたら幸いです。
彼にとって大変な出来事ですね。
彼女のまのさんも怖い気持ちや音に敏感になる事は自然な反応です。
身近に自殺が起こると怯える感じや何も感じなくなるなど様々な事が起こるのは普通の事です。
まのさんの彼が私同様の経験をお持ちになったと考えると言葉もありません。。彼女としても何か出来ることをしてあげたいと考えますよね。
対応の仕方、彼の状況理解などきっと役に立つと思いますので県立図書館に行ったら私の著書がありますので、それを読んで頂けたら大切な事が書かれてあります。。自殺はとてもデリケートな問題ですので私達遺族はとても繊細になります。その分周りの悪気ない言動に傷つく事も多いのが現状です。その事を知って頂くことも彼女の立場でしたらきっと今後の関係にも役に立つかもしれません。。
近くに県立図書館などが無ければアマゾンでの購入もできます。。
すぐには無理かもしれませんが彼にもいつか読んで頂きたい内容になっています。。彼の今後の人生で少しでもお役に立てたら嬉しいです。
では取り込み中ですのでこの辺で失礼します。。阿部ゆかり

2015年04月07日 01時21分 [削除]

4ヶ月前に祖父が亡くなりました。首吊りでした。
祖父母とは別居していますが、週1で会いに行っていました。
亡くなる3日前にも会って、たくさん話をしました。それなのに、私は何も気付かなかったです。何かしら苦しんでるサインはあったはずなのに、これっぽっちも気付かなかった自分が情けなくて悔しくて、気が狂いそうでした。
もう4ヶ月経つのに、まだ祖父が亡くなった和室には入れません。
和室の匂いと畳の感触で吐き気がします。
きっと死ぬまで後悔は付いて回るんだろうなって思います。
だけど、皆さんのコメントを読んで、少し気が楽になりました。

自殺は、残された人間を一生苦しめ続ける死に方です。
あの時ああしていれば、こうしていればって後悔がずっと消えることはないんです。
これ以上、こんなやりきれない気持ちを味わう人が増えないことを祈ります。

2015年12月06日 19時58分 [削除]

灯さんへ

コメント大切に読ませて頂きました。代表の阿部です。
激務でコメントの返信をする時間が取れていない現状なのですが今日はたまたま数分余裕が出来たのでこうして
コメントを打たせて頂いています。

この場にたどり着いて記事やコメントを読んで頂けて光栄です。

毎週会いに行っていらっしゃったのなら住んでいたに近い関係ですね。
亡くなる3日前にもお話していらっしゃったのも
どれだけ悔しいか・・・経験されている最中だと思います。

4か月・・・
まだたった4か月

私は自分自身33年経っていても今だ涙が出ますし
私の関わらせて頂いていらっしゃる遺族や身近な方々も
時の流れがまっさらにしてはくれないことを経験していらっしゃいます。

もちろんある程度元気になったり
セラピーやカウンセリングやワークなど癒しの作業をすることによって
ずいぶん楽になられるのも多いですが
一生その人を想いだしては涙する
それが自然な姿でもあります。

遺された者のみが分かるこの悔しさ
深いですよね。

このやりきれない思いをしている方々
現在の日本では1日に60人以上の自殺という現実を考えたら
更に多い数、遺されていることに気付きますよね。
本当にやりきれない・・・・。

祖父さまのご冥福を祈ります。

あべゆかり

abe 2015年12月09日 17時57分 [削除]

初めまして。
夫を首吊り自殺で亡くしました。
第一発見者は私でした…
夫婦関係は色々とあり破綻はしてたんですが
発見時は呆然とし、その後極度の恐怖に襲われ
必死に110番した記憶があります。
その後、夫の親族から責められることによる恐怖
で日々怖くて仕方ありません。
家に居ても外に居ても急に不安に襲われます。
そして涙が止まらなくなります。
親族の前で死因を私が言わされたので私の
子供たちも知っています。
日に日に不安で胸が苦しいです。

ニーナ 2015年12月21日 20時32分 [削除]

高校1年生の秋に飛び降り自殺で父を亡くしました。
父親が単身赴任から帰ってきていた時に痩せて変わり果てた姿に怖さを覚え
心配した私は寝込む父親にマッサージをしましたが父は涙を流していました。私は怖くてすぐに自分の部屋に戻りました。すると夜中に父親がベッドまで来て”幸せな結婚をするんだぞ”と言いましたが当時の私は怖くて寝たふりをしました。その明け方父親はマンションから飛び降りました。母のお父さんがいない!という焦燥した声で起き、その後はパニック状態でした。しかし長く単身赴任だったせいか現実逃避をしていたのか時間がたつにつれ父を亡くした実感はさほどなかっように思います。
その後は有り難いことに大学も行かせてもらい楽しく過ごしていました。
しかし友達と父親や家族の話になるとその輪に入っていくのが辛くその場で
自分は他の人とは違うんだと実感をしてしまいます。父親を自殺で亡くしたことはまぎれもなく自分の1番のコンプレックスです。
家族大好きな父が何故私たちを置いていったのか、未だにわかりません。仕事をバリバリこなす父が都心の単身赴任で心を病んでいったのには間違いないのですが、怖くて真相は母にまだ聞けていません。
父を亡くしてからの7年、父の夢をよく見ます。父親が生きている夢を見て起きて現実を突きつけられたようで落ち込みます。ふとフラッシュバックが起き悲しくなるときがあります。
普段は元気に過ごしているのですが、そういった瞬間が突如訪れるときがあるので、診療してもらったほうが良いかなと思う時があります。
こういった問題を抱えた他の方の気持ちを知りたく、この度こちらのブログに辿りつきました。

よう 2016年02月01日 21時07分 [削除]

ニーナ様、よう様、御二人のコメント今知りました。自死遺族でHMGホリスティックメディカルグループFCC&Cファミリーチャイルドカウンセリング&クリニック代表の阿部ゆかりです。

コメント大切に読ませて頂きました。
ニーナ様はご主人をよう様はお父様を自死で亡くされたのですね。

この場を見つけ、こうしてコメントが出せるお二人の力に胸が熱くなっています。
私たちのように家族を自死で亡くすという経験を持つと、ふとした時に感情が押し寄せてきたり、不安になったり、人と違うように感じたり、恥じたり、寂しく感じたり、みじめに感じたり、怒りが湧いたり、何も感じなくなったり。。。色々な反応が起こるのが自然な事です。

何年経ってもこの気持ちが残ることも珍しくありません。

ケアが必要なのかもと気づける方もいらっしゃるし
必要がないと感じる方もいらっしゃいます。

どちらも尊重される必要があります。

ちなみに私も「ようさん」の様に初めは同じ経験を持った方々の気持ちを知りたいと思って行動をしたことがあります。

その他に私はたまたま心理の本に出会って、自分が抱えている問題が母の自殺が深く関わっていることを自覚し
カウンセリングやワークショップに参加するようになりました。
19年前が始まりです。
当時出会った同じ経験を持つ仲間の中で今でも心の支えになっているかけがえの無い存在の方もいらっしゃいます。

ニーナさんの様に、突然の不安に襲われてしまったことも多々、多々ありました。

お子様の事も気になりますよね。
自死の事実をどう受け止めているのか・・簡単に聴くのは難しい話題ですもんね。

家族を自死で亡くすことは、大人であっても子どもであっても大きな事です。
突然の不安に襲われるとか
フラッシュバックが起こるとか
人と逢いたくないとか
何か口に出せない違和感を感じ続けるとか
子どもも大人も似たような反応をうちに秘めていることがあります。

何かの機会に
大人も子供も「適切な人」に、「適切な形」でご家族の自死の問題を聴いてもらえることは役に立つと私は思います。

私はあの日、あの時
ふと突き動かされる何かで、専門家の人で適切な方に出会う事が出来て今があります。

ずいぶん楽になり
反応もなだらかになりました。
それでも母を想う時、今でも寂しさや悲しさは湧いてきます。翻弄されなくなってもです。

専門家として多くの自死遺族の方々と出会っていますが
共通している反応や想いは本当に多くあることに今気づいています。

深い経験です。。。本当に・・・。

では今回はこれで失礼します。
左目が2年前からほとんど見えなくなってしまっているので文字打ちの数が減ってきています。
また何かの機会に繋がりましょう。
あべゆかり

abe 2016年02月03日 23時45分 [削除]

5年程前に母を自殺で亡くしました。
小学4年生の時でした。
しかし、その事実を知ったのは2ヵ月ほど前です。
父がずっと秘密にしていました。
お母さんはどうして亡くなったの?聞くたびにはぐらかされてきた理由がわかりました。
ただ、知ったきっかけが首を吊っていた所を見ていた弟から知るという父も私も受け入れ難いものでした。(父は弟が見たことは知りませでした。)
その事実を知り、父にこんな家に生まれてくるんじゃなかったと沢山酷いことを言ってしまいました。
また、過呼吸を起こすようになりました。
母に対し、どうして?という気持ちと恨めしさと悲しさでいっぱいです。
不安定な自分にイライラします。
どうすればよいのでしょうか?

りんご 2016年04月16日 06時28分 [削除]

りんごちゃんへ

こんばんは。代表の阿部ゆかりといいます。
コメント今 大切に読ませて頂きました。
ここにコメントを付けて下さったこと嬉しく思います。

小学校4年生の時にお母様を自殺で亡くされたのですね。
5年前ということなので
そうなると今は中学3年生か高校1年生ということになりますね。

自殺であることを知ったばかりなら
色々な感情が今渦巻いているのは自然な反応かもしれないね。
悲しみや恨みやどうしてという気持ち
不安定になるのも無理はない・・・なぜなら私も経験しているからです。

弟さんが見ているのですね・・・・・
(−−)←こんな表情になってしまいます私。
言葉もありません。

どうすればいいかとのこと
大人に聞きたくなりますよね。

私は当事者(経験した本人)
であると同時に今は専門家のひとりでもあります。

こういう時にどうするのがいいのか
たくさんの選択肢を知っていますが

選ぶのはりんごちゃん自身です。

私の出した自死遺族の本にも書かせて頂いているのですが

@何もしないでそのままいてみる
A同じ経験を持つ人が集まる自助グループというのに参加してみる(精神保健福祉センターなどに問い合わせる)
B大人に頼んで専門の「良いカウンセラー」を見つけてもらう(カウンセリングを受ける)
Cあしなが育英会に連絡してレインボーハウスに行ってみる
D親を自殺で亡くした子どもたちの集まりを見つけて参加してみる(あしなが育英会など)
E大人になってお給料をもらえるようになったら心理系のワークショップに参加してみる(トラウマの癒しのWS)
F自死遺族ケア専門外来で診察を受けてみる
G自死遺族の書いた手記を読んでみる
Hネット上に同じ経験を持つ人と繋がってやりとりをしてみる
Iお父さんと弟と3人で自死遺族専門のカウンセリングが出来る人を見つけて一度受けてみる

参考にしてもらえると嬉しいです。
難しいかもしれないけれど県立の図書館に私の書いた本があるので読んでもらえたら参考になること一杯書いてあると思います。

では
勇気を持ってここにコメントをくれて本当に嬉しいです。
あべゆかりより

2016年04月26日 22時36分 [削除]

はじめまして。
3年ほど前に、結婚を考えていた彼氏が自殺しました。
遺書らしいものが残っておらず、何を考え行動を起こしたのかはいまだに誰も知りません。

どうして私を置いて?というショック、
理由が分からないモヤモヤ感、
救うことができたのではないか?という後悔などがありますが、私は比較的早く彼の死を受け入れられたと思っています。
今現在、彼のことを思って心が乱れるということはないです。

ですが、この件以来、愛する人が死んでしまうのではないか?という妄想をするようになりました。
ちょっと連絡がつかなかったりするだけでも、死んでしまったのではないかと不安になります。

私には来月結婚することになっている人がいるのですが、その人が通勤中に交通事故にあう妄想や、大きな病気にかかっているのではないか?という妄想をしてしまいます。明日には彼が亡くなってしまい、もう会えないのではないか?と不安になります。
そんなわけない。と思いつつ、不安の方が大きいです。

私はこの先もずっと、こうやって愛する者が今にも死んでしまうという妄想に苦しめられるのでしょうか。
どうしたら治るのでしょうか。

リス 2016年05月25日 22時59分 [削除]

リスさんへ
代表の阿部ゆかりです。
コメント大切に読ませて頂きました。返信が大変遅くなりましたことお詫び申し上げます。

もうすでにご結婚後ですね。
ご結婚おめでとうございます。

ご主人や大切な方が亡くなってしまうのではないかという妄想に苦しめられているのですね。
他の方にもご紹介させて頂いているのですが、私の「悲しみの向こう側」という著書の中にもあるのですが
私たち遺された者は似たような苦しみを持つ傾向があります。
ですので
リスさんの不安や妄想は、彼を突然の自死で亡くしているのですから、起こって当然の不安や妄想です。

私自身もそうでした。
セラピーを受けて大幅に改善はしていますが
今でも0にはなっていません。
ふいにそう感じてしまいますが、今では自分に突っ込みを入れたり、不安の幅がかなり狭くなって扱えるようにもなっていますので楽です。

セラピーなどを受ける前は、もう異常な妄想と不安の頻度でした。
連絡が取れないとざわざわしていてもたっても居られないというのはしょっちゅうでしたからね。

こんな妄想や不安は無くなって欲しいですよね。
ただ・・・
完全に不安が無くなるというのは自然ではないと思います。
明日どうなるか分からないというのは私たちのように大切な人を自死で亡くしている人だけではなく
皆が共通している現実だと思うのです。
なので
ある程度の不安は心配は持っていても自然であることを知った上で
苦しまない程度までにはなれます。

これは心のみならずカラダ(神経系)にも大きな影響を与えているので
こころとカラダのケアの両方をちゃんと学んだ専門家から受けると必ず変化があります。

驚くかもしれませんが
こころとカラダ(神経系)のセッションを6回受けるだけで変化に気づくと思います。

私の2冊目の著書が今月24日に全国発売になりますので、こころとカラダのセッションについてはそこに記載していますので、治したいと思われるようでしたら参考にして頂けたら嬉しいです。

abe 2016年08月22日 21時57分 [削除]

はじめまして。
私は母を三週間ほど前に自殺で亡くしました。母は7年ほど躁鬱病で良かったり悪かったりを繰り返していました。父と兄妹と支えていたつもりでしたが、私ちち兄弟は結婚しそれぞれの家庭もあります。母の鬱が再発し、今回で5回目ともあり、またか…と正直思っていた矢先でした。私は恥ずかしながら、精神科のナースの経験が四年ほどあります。調子が悪いときには病院にも付き添っていました。一般の方よりは知識はあるつもりでしたが、希死念慮はあるものの、まさか急に行動にうつすなんて思いもしませんでした。そばにいながら母の本当の辛さはわかっていなかったのです。母は散歩に行くと父に言って出て行ったきり行方不明となり、発見されたのは二日後でした。橋からの飛び降りでした。近くに住んでいたため、父と私の2人で警察に確認に行きました。幸いにも顔の損傷はほとんどなかったのですが、その時の母の顔が頭から離れず、眠れない日があります。
母が亡くなり、初日は妹とふたり泣きながら母の話をして少し落ち着いたように思ったのですが、葬儀などが終わり兄弟や親戚が帰っていくと、ふと話せる相手がいなくなり、寂しさで何もやる気が起きないことがあります。父とはもちろん母の話はしますが、残された父のことも心配です。はたからみると、今まで通り仕事も家事もこなして、二児の母でもありますので、バタバタと毎日を過ごしています。ふと手が空いた時は母のことばかり考えてしまい、どうしようもない喪失感です。夫にも、この気持ちはわかってもらえないのでは…と話せずにいます。仲の良い友達にも話せずにいます。昨日は夢で、母の死は間違いだった、他人だった!という夢を見ました。まだまだ受け入れていないんだ、と思い知りました。
皆さんの投稿読ませていただき、私のような体験をした方がいらっしゃるのだと、思わず書かせていただきました。乗り越えなくていいんですね…。まずは受け入れるまでに時間がかかりそうですが。

さくら 2017年01月03日 23時42分 [削除]

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