2007年02月14日(水)

死別の悲しみA〜大切な人の死を受け入れる〜 [その他いろいろ]

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スタッフの石山です。

今年ももう2月の中旬・・・早いですね。
私は、久々に風邪を引き鼻水タラタラです。
みなさんは、大丈夫ですか?


さて、前回は正常範囲の死別反応は、大切な人の死を
受け入れ、共に生きていくことに必要なことであることをお伝えしました。
今回も、「家族を亡くしたあなたに 死別の悲しみを癒すアドバイスブック」を参考に、
大切な人の死を受け入れるためのプロセスについてお伝えしようと思います。

大切な人を亡くした悲しみのプロセスには、5つの段階があると言われています。
その5つの段階を簡単にお伝えします。


第1段階〜「ショック」
 大切な人を失ったとき、それは突然の死であっても、あらかじめ予測されていた死であっても、誰もが起こす最初の反応が「ショック」です。
人によって反応は様々ですが、たいていの場合は、人生における他の大きなストレスに
対するのと同じような反応を示すそうです。


第2段階〜「喪失の認識」
 この時期の特徴は、ころころと激しく変わる感情の動きです。
例えば、朝のうちは落ち着いていたのに、夕方になると突然悲しくなって涙がとまらなくなったり、大きな不安に襲われる、または昨日は落ち着いていたのに、今日はなんだか悲しくてたまらないなどです。
怒りの感情や、罪悪感、恥の意識、死への恐怖など、様々な感情が次々と沸き起こり、大きな混乱がある時期だといいます。


第3段階〜「引きこもり」
 第2段階で激しい感情の動きのために大量のエネルギーが奪われ、精神的にも肉体的にも
疲れきっているために、休息と回復が必要になっています。
この時期は、身体に力が入らなかったり、疲れて眠くてたまらなかったり、免疫力が低下して
病気になりやすかったりします。


第4段階〜「癒し」
 死別の悲しみのプロセスの転換期です。
変化を示すはっきりとしたものはありませんが、前より少しだけ力が出せるような気がしてくる、
前より少し多くのことをやってみる気がする、以前より疲れやすさが軽減されてきたなどが
転換期の訪れです。
身体が回復し始め、元気が出てきて免疫機能が回復してきます。


第5段階〜「再生」
 ゆっくりとこの悲しみのプロセスを進み傷を癒しながら、自分でも気付かないうちに大切な人を亡くしたあとの世界を受け入れ始めます。
この再生期で「癒しの作業」が完了します。

        (以上、「家族を亡くしたあなたに 死別の悲しみを癒すアドバイスブック」参考)

このプロセスでは、次の段階にスムーズに移行できたと思っていても、突然悲しみが蘇ったり
パニックになったりして、一時的に前の段階に戻ってしまうことがありますが、それはまったく
正常なことであって、よく起こることなのだそうです。
何の問題もなく順調に移行していく方が稀だということです。
けれど、後戻りしても最初のスタート地点まで戻ることはないので、じっとがまんして
いつかきっとこの辛い時期が過ぎ去ることを信じることが大切です。

私も大好きだった祖母を亡くし、2ヶ月が過ぎましたが、正常な反応としてこの段階を
行ったりきたりしています。
急に悲しくなって1人でいることが不安になったり、身体の調子がよくなかったりしています。
でも、自分がどの段階にいるのかだいたいの見当をつけることができると、次にどんなことが
待っているかがわかるので、不安な気持ちを少し軽減できるように感じます。



 さて、私は今回の祖母の喪失という経験の中で、知識として学んでいたことを、実体験することによって更に理解を深めたことがありました。
ここで扱っていこうと思います。


家族の中で誰かが病に倒れ死が迫っている状況を、
子どもに対して
  「子どもがかわいそうだ」
  「ショックが大きすぎる」
  「知らないほうがいいだろう」
という思いから、真実を伝えないということを選択することがあると思います。
確かに、子どもに真実を伝えることの辛さや苦しさは、本当に耐えがたいことだと思います。
でも、真実を知ることなく、突然家族が亡くなってしまうことに、子どもはどう感じるでしょう?

私は祖母の容態について、真実を聞かされないままに、突然祖母の死を目の当たりにしました。
当初、「元気で落ち着いてるから、大丈夫だよ」ということで、順調に回復していると
信じていたので、祖母の死は誰にも知らせる間もないほど容態が急変したのだと
思っていたのです。
でも、後になって「実は前日から容態が急変し、危険な状態だった」ということを聞かされ、
更に大きなショックと深い悲しみが襲ってきました。
「もし、祖母の容態を知らされていたら・・・」 
病院に駆けつけることもできたでしょう
私なりに祖母との別れが近いことを認識する時間を持つことが出来たでしょう
そう考えると、後悔の思い、悔しさや怒りがこみ上げてきました。


 私は心理学を学ぶ中で、真実を伝えられないことによって、子どもの心が傷つき、その後の
生活に何らかの影響が出てくる可能性があるということを知識として学んでいました。
しかし、実際に経験することによって、この「真実を伝える」ことの重要性を実感しました。


 実は、アメリカのポートランドにある「ダギーセンター」という施設では、「死を説明しないことの
弊害」
について既に問題視し、子どものサポートに力を入れているそうです。

ダギーセンターの研修会に参加した代表の阿部からの情報によりますと、
多くの場合、子どもを守るあまりに、真実を隠したり遠まわしにする傾向がありますが、
子どもは後になってから何らかの形で真実を知ることが多く、その時に子どもは
とても傷つくといいます。
大切な人の死に対して、何か準備が出来たであろうチャンスを奪われたことにより、
大人を信じられなくなったり、そのことで心を閉ざしてしまう可能性もあるのだそうです。
 また隠されたことで、「このことは話してはいけないことだ」と思ってしまい、更に精神的に
よくない傾向に向かってしまうこともあるそうです。

ダギーセンターでは、たくさんの子どもの生の声を集めて、これらのことが問題である
ということを認識し、子どものサポートに力を入れ、子どもに本当のことを伝える大切さを
促しているとのことでした。


 私が実際に経験し感じたことと、ダギーセンターで問題視していることに、多くの共通点が
あることが見てわかると思います。
私は30代の大人ですが、それでも今回祖母のことを教えてもらえなかったことで、
とても傷つき悲しい思いをしました。怒りや後悔もあります。

 人の死というのは、人生でとても重要なことです。
この重要なことから子どもを遠ざけてしまうのは、子どもの成長を妨げ、またいつか直面する
大切な人の死別に対しても、心の準備をするチャンスを奪うことになるといいます。
幼い子どもに真実を伝えることも、辛く悲しい作業であると思いますが、
家族でこのことを共有するということも、とても大切なことではないかと思います。


 私は、「真実を伝える」ことの重要性を知識だけでなく、実際の経験を通して
理解を深めることができたことは、これからの活動に活かせることだと思います。
そして、この傷ついた心を癒す必要を強く感じ、セラピーなどで癒しの作業を
続けていきたいと思っています。


 FCCNでは、死別をはじめとするグリーフ・ケア(セラピーやカウンセリング)につきましても、
大人対象、子ども対象にそれぞれ行っておりますので、ご希望の方はメールまたは事務局電話にご連絡を頂ければ対応致します。

Posted by fccn at 21時33分   Comment ( 7 )

コメント

私はおばあちゃんっ子でした。
母はめちゃめちゃな人で私が母の面倒をみてたようなものです。
なので私は母に甘えた記憶がありません。
想い出の中はいつも祖母が居ます。
しかし祖母は亡くなりました。
母は生きてます。反対だったら良かったのにと本気で思います。
私の場合は母の死の方が受け入れられると思いました。
今だ祖母の死は受け入れられないというか認めたくない気持ちがあります。

2007年02月15日 23時29分 [削除]

石山です。

コメント ありがとうございます。
大切に読ませていただきました。

大好きだったおばあちゃんとのお別れは、とても悲しい体験でしたね。

お母さんとの関係は、あなたがお母さんの面倒を見るということで役割が逆転していたため、お母さんに甘えられなかったけれど、おばあちゃんにはたくさん愛情をもらえていたようですね。


死別の悲しみとの度合いというのは、故人との親密度によって異なるのだそうです。
親密度が高ければ高いほど、その人間関係が失われたことを受け入れるのがむずかしくなります。

親密な人間関係は、人生における「充足感」と、守られているという「安心感」の基盤になるのだそうです。

あなたは、お母さんからもらえなかったものを、おばあちゃんからたくさんもらっていたのでしょうね。
そのような強いつながりも持った人を失ったのですから、おばあちゃんの死を受け入れることが難しかったり、認めたくないという気持ちがあるのは、当然だと思います。


死別の悲しみを受け入れるプロセスを終えるまでの時間というのは、人によって異なります。
それは、様々な感情、死の訪れ方、故人との関係などがその時間に影響します。
1ヶ月で終わる人もいれば、何年もかかる人もいます。
その必要な時間の長さに最も大きな影響を与えるのが、
故人との関係、死別に関するその人個人の対処の方法、死によって生み出されたショックの強さなのだそうです。

でも、「いつかきっと元気になれる日がくる」ということをしっかり心に留めておくことが大切なんだそうです。
そこに到達するには、長く時間もかかったり、多くの忍耐が必要ですが、この悲しみのプロセスを焦らず、自分のペースで歩んでいくことで、前とは違う自分、成長した自分、多くの知恵を身につけた新しい自分に生まれ変わることが出来るのだそうです。


今はまだ認めたくない、受け入れられない時期なのかもしれませんね。
大好きだったおばあちゃんとの絆が深かったからこそ、この時期が必要なんだと思います。
この時期を大切にしてくださいね。

私もまだまだ時間がかかりそうです(^^;)
でも、この悲しみに充分に向き合いたいと思っています。

お互いにこの時期を大切にしていきましょう。

ishiyama 2007年02月16日 12時23分 [削除]

子供への死の説明に、
とても抵抗があります。
でも守るつもりで隠した事が、逆に子供を傷つける事になるという事が分かり、
ショックでした。
死は親としてもどう説明していいのか分かりません。
考えてみたら、私も親から家族の死について、説明をされていません。
何となくタブーな話題だったように感じます。
だから私も子供に話しにくいのかもしれません。
おまけにヤツ当たりは得意なのですが
説明などは不得意です。
やっぱりコミニュケーション講座を再受講する必要があるかもしれません。

2007年02月19日 01時02分 [削除]

スタッフの石山です。

10日ほど地方に行っており、今日帰ってきました。
東京は魅力的な街で行くときはワクワク気分ですが、長く滞在するとコンクリートに囲まれた環境と、人の多さに苦痛を感じてきて、地元に帰ってくるととてもホッとします。
普段、当たり前と思っている環境がとても心地よく感じます。


さて、コメントありがとうございました。
お返事が遅くなってしまいましたが、大切に読ませていただきました。

子どもへの死の説明について、抵抗を感じていらっしゃるんですね。

コメントを下さった方も、親から説明を受けた経験がなく、タブーな話題と感じていらっしゃったのなら、どうやって説明したらいいか戸惑いを感じて当然だと思います。
だれからも教わっていないですものね。

子どもへの死の説明については、日本ばかりでなくアメリカでも同じように死を覆い隠す傾向があるようです。
「死」=「不吉なこと」という文化が現代社会にはあるので、その不吉なことから子どもを守ろうとするのが当然とされています。

ですから、家族や大切な人に死が迫っていることの事実を、子どもに伝えることに難しさや戸惑いを感じることもこの文化からいうと自然な反応だと思います。

今回の記事を読んでショックを受けられた方や、戸惑いを感じられた方が、他にもいらっしゃるのではないでしょうか?


大人が医師から説明を受けるように、子どもにも病名や治療の経過、現在の状態や今後の見通しなどの事実を、その子どもの年齢に合わせてわかりやすく伝えることで、その子は自分なりに、その人とのお別れの準備をすることができます。

このお別れの準備がとても大切だと思います。
たとえば、
 ・その人にお手紙を書く
 ・その人との残りの時間を大切にする。
など、亡くなってしまってから後悔しないように、いろんなことができると思います。


私は祖母が亡くなる2日前に、祖母が亡くなる夢を見ました。
「元気で大丈夫」と知らされていた私は、この夢が一体何を意味しているのかわからず、夢のセラピーを受け、祖母に対する感謝の気持ちや、日々の忙しさから忘れかけていたことを、その夢からメッセージとして受け取りました。
祖母にしてあげたいことや伝えたいことに気付き、実行しようと思っていたその日の朝、祖母は亡くなりました。
結局何もできずに祖母の死を迎えたことに私は大きな後悔を残しました。

その後、事実を知らされてなかったことを知り、更に大きな悲しみが襲ってきたのです。

ここで、事前に事実を知ることの重要性が理解できたのです。

私はお通夜の晩、祖母に対する感謝の気持ちや、謝りたかったことなど、伝えたかったことを手紙に書き、翌日最期のお別れのときに祖母に渡しました。

実はこれも、とても効果があります。


これを読んで下さっている方の中にも、私と同じような経験をされている方がいて、きちんとお別れをしていなかったことに、ショックを受ける方がいらっしゃるかも知れませんが、これはセラピーで扱うことができます。

大切な人ときちんとお別れをしていなかったことに今気付いたとしても、時間が経過していても、セラピーで扱うことによってその効果はあります。

私も、その後のセラピーで祖母とのお別れをしました。
生きている時には伝えられなかったけど、セラピーの中で伝えることで、後悔の気持ちが楽になり、セラピーの効果を感じています。


子どもに「死」を説明することは、とても辛いことだと思いますし、難しいことでもあると思いますが、この知識を知っていると知らないとでは、大きな違いがあると思います。

この知識を多くの方に知ってもらえたら、嬉しく思います。

ishiyama 2007年02月27日 01時30分 [削除]

こんばんは。

このブログに初めて参加させていただきます。

子どもに「死」を知らせることについて、とても
デリケートなことですから、伝え方を工夫する難しさは
ありますが、私は伝えることに大きな意義を感じています。

「死」は、これまで続いてきた「生きていること」が
終わるということです。

子どもの年齢によって、[死」という言葉を使わなくても
「生きていることが終わる」ということを伝えることで
その人との残された時間にどんなことをしてあげたいかを
一緒に考えたり、また一緒に悲しんだり・・・そんな
時間を親子や兄弟姉妹で持つことは、一生の中でそんなに多くはないですよね。

子どもにとって、そんな体験ができることって、とても
貴重なことだと思います。

受け入れることに抵抗があっても、お別れをしなくては
ならないことを知ることで、[死」を体感すると本で読んだことがあります。

子どもなりにお別れの時を考えるでしょうし、特別に
何も出来なくても、周りの者と一緒に「生が終わる」までの時間を過ごすことで、周りの者への想像力や思いやりや一体感を感じるそうです。

子どもに身近な者の[死」を上手に体験させることは、
大きなプレゼントだと書かれてある本もありました。


結婚式に子どもを連れて行くより、お葬式にこそ
子どもを連れて行った方がよいということを聞いたことがありますが、それもうなづけます。


[死」はタブーではなく、生ある時におおいに語りたいと
私自身は思っています。

[死」を語ることは、それまでをどう生きるかを語ることと同じだと思っているからです。

お話が横に逸れました。

私自身は子どもに「死」を伝えた経験はないのですが、
子どもだけでなく、周りの者には身近な死を隠したくないと心がけています。




















りんご 2007年02月28日 01時33分 [削除]

死の説明をしないということは
悪気がなく、 子どもに辛い感情を感じさせるのが
忍びないからだとは分かるのですが、
よく考えると、、、親自身が辛いからなのではないかと分かりました。

よく巷では
子どもに命の大切さを教育しようと言われていますが
命の大切さって
身近な人の迫った死からも考えることができると私は思います。

悲しい思いや辛い思いをさせるのが苦しいからと
死について話さないということで
子どもから大切な実体験から学ぶ機会を奪っているのかも、、、、、、。

やはり私も自分の子どもには死の説明をしたいと思いました。

たとえば家族が死の可能性がある病気になったとします。
とても辛いですから
子どもに話すにも自分が辛すぎるかもしれないけど
子どもの為に やっぱり逃げるべきではないと思いました。
一緒に泣いたっていいんですもんね。
つい母親として子どもの前で泣いてはいけないなんて思ってしまいます。

そういう時にも
セラピーなどを受けて自分のこころのケアをしておくと
いいと友人が言っていました。

私はまだセラピーの経験がありませんが
必要だとは感じ始めているので
時期をみて 申し込もうと思っています。

石山さんのおばあさまを亡くされた経験で
セラピーをしたのと、しなかったらのと違いはやはりありますか?

好奇心もりもりの私です(*^^*)



 

モリモリ 2007年02月28日 09時07分 [削除]

スタッフの石山です。

コメント ありがとうございます。
大切に読ませていただきました。

お2人のコメントを読ませて頂き、とても高い意識を持っていらっしゃると感じました。


@りんごさんへ

「死」の説明について、関連の本などを読み知識を得て、この重要性をご自分なりに理解されているようですね。
そして「死」を隠さないことを心がけていらっしゃるんですね。
本当に大切なことですよね。


確かに、子どもに「死」を説明ことに難しさを感じている方は多いと思います。

でも、子どもは、現実的で明確な情報を与えられれば、幼い子どもでも死を理解することができるそうです。
そして、子どもに対して思いやりを持った人がそばにいて、子どもが「死という事実」とそれに伴う「感情」とを理解するのを助けてあげれば、幼い子どもでも無理なく死を受け入れることができるのだそうです。

「死」を伝えることと共に、その子どもをサポートすることも必要ですね。


その人との残された時間にどんなことをしてあげたいかを一緒に考えたり、また一緒に悲しんだり・・・そんな
時間を親子や兄弟姉妹で持つ

りんごさんのおっしゃるように、語り合ったり、一緒に悲しんだりする時間はとても大切なことだと思います。

子どもにも「お別れ」の準備をする時間や、一緒に悲しむこと、色々な思いを語ることなど、さまざまな感情を誰かと話すことが必要です。

このような経験から、「死」というものを理解することができ、精神的に成長するのです。
このような貴重な機会を、摘み取らないで与えることができるといいですね。

私も、子どもに「死」を説明するという経験はありませんが、自分がショックを受けた経験をはじめ、身近で子どもにきちんと「死」を説明している方の話を聞かせてもらったり、本を読んだりして、知識を得ることでこの「死」の説明の重要性を理解しました。

親からは学んでいなくても、様々な形で「死」を説明することの重要性を学べますね。
今回のトピックを通じて、多くの方に「死」の説明の重要性をお伝えすることができて、本当に良かったと思います。



Aモリモリさんへ

 子どもに説明する親の気持ちについても気付きがあったんですね。

たしかに、親が子どもに「死」を説明するということは、とても辛いことだと思います。
特に、子どもがとても慕っている人の「死」を伝えるなどという場面では、胸が張り裂けそうになることもあるでしょう。
また、この「死」の説明の重要性を理解していても、そのような辛い気持ちはあると思います。
ですから、親も悪気があって説明しないということではないですよね。

伝える側も、とても悲しくて辛いのです。

モリモリさんがおっしゃるように、辛くても涙を流しながらでも、説明することができたらいいのではないかと思います。

つい、親が子どもの前で泣いたらダメと思ってしまいますよね。
でも、親も「死」に向き合い悲しい気持ちを抱えながら、子どもに説明するというとても辛い状況にいるんですから、涙が流れてしまうこともあると思います。


命の大切さは、こういう経験からも学べると私も思います。
「死」は人生の重要な部分ですから、大切な人の死という経験は本当に貴重なものだと思います。


私が今回の喪失体験で、セラピーを受けたのと受けなかったらとの違いについてのご質問ですが・・・

明らかに違いがあったと思いますよ。

私の場合は、「死」の説明がなかったことのショックと
祖母に伝えられなかったこと、してあげられなかったことなどの深い後悔の気持ち、生前の祖母に優しくできなかったことの恥と罪悪感の意識などが渦巻いていたので、それをセラピーで扱うことで少しずつ気持ちが楽になりました。
それから、葬儀の最中などは慌しくて、悲しみに向き合う余裕がなかったり、周囲の状況から感情に蓋をしてしまう傾向があるので、人目を気にせず大声で泣き、じっくりと悲しみに向き合うことができる、安全なセラピーは私にとって必要な場所でした。

あのまま セラピーを受けずにいたら、どうなっていたでしょう・・・正常な死別反応の知識があったとしても、きっと泣くのをひたすら我慢して、感じないように慌しく動きまわって、悲しみに向き合わないようにしていたり、いつまでも後悔や恥の気持ちにさいなまれていたのではないかと想像します。

私の経験から、セラピーの効果は大きいと思います。

ishiyama 2007年03月01日 04時42分 [削除]

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